羞人たち


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優香 第十二章 2
2010/12/30 00:23

 屋上に繋がっている糸を、窓から腕を伸ばして掴みながら、じっと実行のタイミングを窺っている千夏。その糸の先には、屋上の手摺りに干した、優香の衣服のすべてである体操服が乾かしてあるのだった。

 一方、そんなこととはつゆ知らず、屋上でひとり服の乾くのを待っている優香は、千夏がいなくなって心細くなると同時に、学校の屋上で、服を脱いで全裸になっている現在の自分の状態を(その非常識性を)改めて意識するのだった。まったくそれは異様な光景だった。見晴らしのいい白昼の屋上で、上履きと靴下だけを履いた女子高生が、胸も露わに、股間はまる出しで、つまり素っ裸で、ぼんやり日向ぼっこをしている……。こんなところをもし誰か人が見たら間違いなく露出狂と思うことだろう。

(ああ、あたしこんなところで何て格好してるんだろう……)

 優香は組んだ腕で胸を隠して、しゃがみながら、目の前の手摺りに干してある自分の体操着をじっと見守っていた。その熱い視線が濡れたシャツとブルマーを早く乾かすとでもいうように。

 屋上の下からは、向こうのグラウンドから、体育祭の賑やかな声や音楽が響いてくる。

 雲ひとつない空から、太陽が、秋のひんやりした空気を心地よく温めている。

 また、眠気を誘う微風が時折なま温かく屋上を吹き渡るのだった。

 そしてそんな秋晴れのうっとりするような気候の穏やかさのうちに、優香の頭は次第にぼんやりしてくるのだった。きっと今朝から休む暇なく受け続けた屈辱の連続に、精神がくたくたに疲れていたせいもあるのだろう。裸とはいえ、ともかくやっと独りきりになれたという安心感が、優香の張り詰めた心に束の間の休息を与えたのだった。

 重く垂れ下がってくるまぶた。温かい陽射しに背中を照らされながら、頭をこっくりこっくり…… そうやって数分が過ぎていった。そのあどけない寝顔に浮かぶ微笑みは、今朝からの屈辱や不安を一切忘れ去ったかのように清らかな、穢れを知らない十八歳の乙女そのものの表情だった。

 と、そこへまた微風が温かく背中を撫でる。優香はもう頭をこっくりこっくりするのをやめて、組んだ腕を枕に完全に頭を沈めてしまっていたが、そのとき突如悪い予感がサッと頭をかすめた。そして何かに弾かれたように目を覚ました。

 次の瞬間、顔を上げた優香の目に、信じられない映像が飛び込んできた。

(う、うそでしょ……!)

 優香は自分の目を疑った。手摺りに干しておいた自分の体操着がなくなってしまっているのだった。

 数秒のパニック状態。それが過ぎると、今度はたちまち心が凍りついてしまう。それも当然である。何しろつい数分前まで目の前にあった自分のシャツとブルマーが、影も形もなくなっているのだから。そしてまたその二つの衣服が、現在自分の持っているすべてであったのだから。

 もう疲労も眠気も一気に吹き飛んでしまった。優香はまだ何が起こったのか現実を受け入れられないまま、慌てて手摺りへ駆け寄った。

 夢ではなかった。自分の唯一の衣服である体操着は、屋上のどこにももはや存在していなかった。千夏が手摺りに繋いでおいた糸も(縛り方が甘かったのか)体操着と一緒になくなっていた。

 つまり自分にはもう着るものが何もないのだ。優香は自分の置かれた状況をはっきり理解した。そして理解すると同時に、顔がみるみる引き攣っていく。体を覆う一枚の布さえない素っ裸の状態で、学校の屋上に、たった一人取り残されてしまったのだ。

(なんで……ねえ、どこにいったの……?)

 そう自分に問いかけながら、優香は本能的に、手摺り越しに下を見下ろしてみた。が、遠すぎるせいか下の地面に自分のシャツらしき白いものは確認できなかった。あるいはどこか木の枝に引っ掛かっているのではないかと探してみたがよくわからなかった。しかしもし風に吹き飛ばされたとするならその地面のどこかにあるはずだった。そしてまたもし地面に落ちているとするなら、果たして彼女はそれをどうすればいいのだろう?

 優香は千夏の言葉を思い出した。もう屋上へは戻ってこないと言っていた。だから待っていても昼までは現われることはないだろう。ではその昼休みまでここにじっとして待っていようか? 屋上のドアには鍵が掛かっているので人に見つかる心配はないとしても、下の地面に落ちている自分の体操服(紛れもない自分の名前入りの体操服)を、誰か人が拾いでもしたならば、田辺優香がいま服を着ていないこと、そして裸のままどこか校内にいることがばれてしまうだろう。そしてその噂はたちまち広がり、学校中に知れ渡って、やがて屋上にいるのではないかと勘付いた生徒たちが、大勢群れをなして階段をここまで……

(いやっ……! それだけは絶対にいやっ……!)

 想像するだけで気を失いそうになる。屋上になだれ込んでくるたくさんの生徒たち。蔑みの視線、嘲笑、卑猥な悪口。そしてその中でどこへも逃げ場のない全裸の自分……

 そんな最悪の状況だけは、何としても避けなければならない。

 ではどうすればいいのか? 答えは一つしかなかった。

(取りに行くしか道はないのね……)

 優香はさんざん悩んだ末、ついにそう自分に言い聞かせる。何とか昼休みまでに、誰にも見つからぬまま(全裸で……)校舎の外へ出て自分の体操着を見つけ出さなければならない。でももし誰かに見つかったら……? そのときは即アウト、その場で露出狂の烙印を押されてしまうだろう。言い訳など通用するはずがない。

 やがて優香はドアへ向かって歩き出す。が、ドアを開いたところでしばらくためらう。もし人に見つかったらという不安が頭から離れないのだ。でもこんなところでぐずぐずしている暇はない。一刻も早く体操着を拾い出さなければならなかった。そこで優香は開いたドアから頭を出して聞き耳を立て、誰の足音も聞こえてこないのを確認すると、そっと忍び足で校舎の中へ入り込んだ。

 ひんやりとした空気が優香の露わな胸とむき出しの股間に突き刺さる。

 優香は激しい緊張と不安に震えながら、足音を立てないよう気をつけて、やがて階段を一段ずつ下り始めたが、それは同時に彼女をさらなる屈辱へ落とし込む、地獄の底行きの階段であった。

 こうして優香の校内全裸徘徊が始まったのだった。

カテゴリ:優香

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